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あべ・やすし。最近は ツイッターばー かきょーる。

食料危機は なぜおきるか。

 その地域での主食は、その地域で つくるのが重要なことです(ここでいう「地域」は、国家などの規模だと かんがえてください)。なぜか。
 そして、この世界では主食である穀物を 輸入に 依存している地域がある。それは なぜなのか。


 ここに、南北問題がある。


 日本でも、コメ騒動がおきた。1993年のことだ(1993年米騒動 - ウィキペディア)。タイ米が おいしくないという、たいへん失礼な声が でてきたのを、よく おぼえている。
 ひとつ、しらなかったことがある。それは、あのとき、タイ米の輸入に せりまけた地域があったということだ。日本が 突然 輸入した あの米たちは、いつもは どこに とどいていたのか。佐久間智子(さくま・さとこ)「食糧自給と自由貿易」『オルタ』2008年 7・8号を みてみよう。


冷夏によってコメ不足に陥った日本は国際市場からコメを買い漁り、挙句の果てにタイ米などを大量廃棄していた。他方では、コメを輸入に頼ってきた貧しい国々が買い負け、セネガルなどは深刻な飢餓に直面したのである。
(18ページ)


 コメ騒動は、カネに ものを いわせた暴力だったということだ。殺人と いったほうが適切なのかもしれない。


 たとえば、コーヒーを のまないことで食料危機などにはならない。ひるがえって、コーヒーばかりを つくることで、食料危機が ひきおこされている。それが、いわゆる単一種 大面積 栽培(モノカルチャー)の おそろしさ、いや、それを おしつける暴力性なのだ。


 ヴァンダナ・シヴァの『食糧テロリズム』を みてみたい。


 工業化された農業のもとで小麦とトウモロコシの収量の増大は、小規模農地が与えてくれる他の食物の収量を犠牲にして達成されるものである。豆類や豆野菜類、果物類、野菜類は、農地からも収量の統計からも姿を消した。2、3種類の商品穀物については国内ならびに国際市場への出荷量が増加したものの、第三世界の農家の家族の口に入る食物は減ってしまった。
 工業的に生産された作物の「収量」の増大は、したがって、他の生物種と第三世界の貧しい農民から食物を盗むことに基づいていることになる。このことが、より多くの穀物が生産されて地球規模で取引されればされるほど、第三世界では更に多くの人々が飢えることの理由である。
(29-30ページ)


 もう一度、佐久間の「食糧自給と自由貿易」を みてみよう。


…アフリカやカリブ、太平洋州などに集中する世界の最貧70数カ国のほぼすべてが、食糧の輸入総額が輸出総額よりも多い「食糧純輸入国」であるという現実がある。これらの国々のほとんどは、コーヒー、紅茶、熱帯果物、砂糖、鉱物などのうちわずか2、3品目の輸出により外貨の大半を獲得し、その貴重な外貨で主食穀物などの主要な食品を輸入している。
(18ページ)


 これが、モノカルチャーというものだ。佐久間は、「主食穀物を自国内で生産することは世界の常識である」という。そして、「穀物自給率が28パーセントに過ぎない日本は、ひとたび国際市場の需給が逼迫[ひっぱく]すれば、購買力にものを言わせて最貧国から食糧を奪う存在となるのだ」としている(18ページ)。日本社会は、第三世界に飢餓を ひきおこす可能性を かかえこんでいるということだ。そして、米騒動のときのように、それを しらずにいつづけるのだ。
 佐久間は、「現在、コメなどの主食穀物を輸入に依存する最貧国の多くが、かつては主食を自給できていた」という。その背景にはアメリカがある。佐久間の解説を みてみよう。


…70年代から、米国が公報480号(平和のための食糧援助措置)を通じて、米国の余剰農産物を政府資金で買い上げ、途上国に援助するということを繰り返してきた。その結果、実際の生産コストを無視した安価な米国産小麦等が途上国の市場を席巻[せっけん]し、途上国内の主食生産の基盤は崩壊の道を辿った。このプロセスで、熱帯に位置する最貧国において、温帯でしか栽培できない小麦を食べることが一般化したことも、最貧国の主食自給を絶望的なものにしている。
(20ページ)


 「穀物自給率が28パーセントに過ぎない日本」という一文にも注目してほしい。それは、つぎのような事情によるものだ。中田哲也(なかた・てつや)の『フード・マイレージ』を 参照する。「フードマイレージ」については、フードマイレージ - ウィキペディアを みてほしい。「「食料の (=food) 輸送距離 (=mileage) 」という意味」である。中田は、日本のフードマイレージの内訳を 説明しながら、つぎのように のべている。


 日本では、トウモロコシなどの穀物が51%、大豆などの油糧種子が21%と大きな割合を占めており、この二品目で全体の7割を占めていることがわかる。これは、これら品目が金額に比較して量的にかさばる商品であることに加え、これらの多くを、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどの遠隔地から輸入しているためである。この状況は、飼料穀物や大豆といった原料を輸入し、国内で家畜の飼料として与えて畜産を行ったり、国内の工場で搾油を行う(製品化する)という、日本の食料供給構造の特徴を反映したものでもある。
(120-121ページ)


 ここにも、肉食の不合理性が あらわれていると いえるだろう(ベジタリアン宣言 - あべ・やすし)。



 日本のような「先進国」で 無邪気に たのしんでいる たくさんの たべものは、植民地の味がするものだ。だからこそ、植民地的なものを それでも たべるのなら節度を たもつべきであるし、公平な貿易に もとづくものを できるかぎり えらぶ必要がある。
 紅茶はインド産のものが おおいが、日本でも つくっている。コーヒーも、おきなわ産のものがある(農業生産法人「名護珈琲」 沖縄コーヒー)。それらで現在の需要を まかなえるはずはない。だが、そういったものを できるかぎり積極的に えらぶなら、植民地の味を へらすことができる。公平な貿易によるものを、たのしみつつ、地元や ちかくで つくっている あたらしい特産品を たべる。そのほうが、おいしいはずです。
 いかがでしょうか。


 もっとも、公平な貿易(フェアトレード)されるシステムも、生産者が「認証費用」を 負担しなくてはならず、その書類を つくるのも たいへんなことだ。『チョコレートの真実』を みてみよう。ハーグローブとは、マヤの「トレドカカオ生産者協会(TCGA)」という共同組合を ひきついだ人物だ。


ハーグローブの最大の心配は、複雑な書類手続きを農民が自力ではできないだろうということだ。英語で書かれているが、意味がわからないことも多い。それでもフェアトレード認証機関はその手続きを要求する。手続きができないのは、農民が読み書きできないからではない。ヨーロッパの官僚制度のやり方を知らない人間には、こうした書類はさっぱり意味をなさないのだ。自分がいなくなったとき手続きをこなせそうな人間はただの一人も見つかっていないと彼は言う。
(361-362ページ)


 これが、公平な貿易を 推進するために つけられる「フェアトレード認証ラベル」の背後にある現実なのだ。なぜ、生産者が これほどまでに苦労しなくてはならないのか。不正なのは、貿易のほうであるはずだ。それならば、公正な貿易にしていくためのコストは、生産者に おしつけるべきではない。この世界は、あまりにも不正に みちている。


 最後に、ジャン・ジグレール『世界の半分が飢えるのはなぜ?』の一節を 紹介して、この記事を しめくくります。


 穀物の収穫量は十分だ。しかし、その取引価格はシカゴの投機家の手によって人為的に操作され、国連や国連食糧計画(WFP)、さまざまな人道的援助団体、あるいは慢性的な飢えに苦しむ国ぐには、穀物メジャーによって決められた価格で買わざるを得ないということが問題なのだ。
(65ページ)


参考文献:

  • ヴァンダナ・シヴァ『食糧テロリズム明石書店
  • ジャン=ピエール・ポリス『コーヒー、カカオ、コメ、綿花、コショウの暗黒物語―生産者を死に追いやるグローバル経済』作品社
  • ジャン・ジグレール『世界の半分が飢えるのはなぜ?』合同出版
  • スーザン・ジョージ『なぜ世界の半分が飢えるのか―食糧危機の構造』朝日選書
  • キャロル・オフ『チョコレートの真実』英治出版
  • 『オルタ』2008年 7・8月号「徹底特集 世界食糧危機」
  • 鈴木猛夫(すずき・たけお)『「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活』藤原書店
  • 中田哲也(なかた・てつや)『フード・マイレージ日本評論社


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